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置かれた場所で咲きなさい 渡辺 和子 あらすじ

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はじめに

修道者であってもキレそうな日もあり、眠れない夜もあります。置かれた場所で咲きなさいということは諦めることではありません。置かれたところが今のあなたの居場所なのです。笑顔で生き周囲の人を幸せにしましょう。

著者の渡辺さんは30歳間際で修道院に入ることを決意、その後アメリカの渡り、日本に帰国、岡山でノートルダム清心女子大学長に36歳で任命される。思いがけない未経験の連続で自信喪失をしてそこで宣教師に「置かれた場所で咲きなさい」と言われた。そこで「くれない族」の自分と決別、前向きに生きていきました。すると周りの教職員も学生も明るく優しくなってくれました。この経験はこの学校に不本意に入学して来た生徒にも響きました。結婚しても就職してもこんなはずじゃなかったという経験は次々に起こります。そんな時にはこの状況の中で咲く努力をしなさい。どうしても咲けない時は咲かなくてもいい、根を下へ降ろして根を張るのです。裏切りや片隅に追いやられたときにも咲く心を持ち続けましょう。現在というかけがえのない時を精一杯生きよう。

一生懸命も良いが、休息も必要です。忙しいは字が示すように心を亡ぼします。

いたわる心も忘れずに。そのためにも人に委ねることも大事。委ねるのは丸投げということでありません。人に感謝し自分自身に責任を持つということです。

時には死にたいと思う時もあるでしょう。そんな時は苦しいから「もうちょっと生きてみよう」とつぶやいて下さい。その経験が人を強くします。人が生きていくということは様々な悩みに直面することです。思い通りにならないのは当たり前です。悩むからこそ人間なのです。どんな困難でも受け入れることは大変なことです。目の前の現実を受け入れて歩いてこそ人間としての生きがいです。

自分の欲望にばかり振り回されてはいけない。自分がして欲しいことを人にしてあげなさい。綺麗さはお金で買えるが、心の美しさは買えない。心の美しさは自分の心との戦いによってのみ得られる。

子供を連れた母親が水道工事をしている人の側を通りながら言いました「おじさん達がこうして働いてくれているお陰で美味しい水が飲めるのよ」もう一人の母親が言いました「勉強しないとこういう仕事をしないといけなくなるのよ」同じ事柄でも価値観によって受け取り方が変わります。子供は親や教師の言う通りにならないがする通りになる。子供に何かを伝えるには言葉はいらない。ただ誠実に努力している姿を見せるだけでいい。

苦しい時でも笑顔でいなさい。物事がうまくいかない時に笑顔でいると不思議と問題が解決することがあります。もう一つの笑顔の効果は、笑顔には他人の心を癒す力があるということです。何もできなくてもいい、ただ笑顔でいるだけで。生きることは大変だが生きようと覚悟を決めることは生きる力と勇気を与えてくれる。

思わぬ不幸な出来事や失敗から本当に大切なことに気づくことができる。

待つ事ができるほど心にゆとりを持ちなさい。

倒れても立ち上がり歩き続けることが大切。時には立ち止まって休んでもいい。再び歩き出せるかが目標達成の分かれ道。希望には叶わないものもあるが大切なのは希望を持ち続けることです。

何かを失うということは何かを得るということであります。若い時にできていたことができなくなるのは必ずしも悲しいことでありません。新しい何かを創造していくことです。いつも輝いていよう。

年をとって肉体的成長は終わっていても人間的成長はいつまでも可能です。成長とは伸びていくよりも熟していくこと「成熟」を意味します。
他人の言葉に耳を傾けて謙虚に生きることが成熟です。

一生の終わりに残るのは、われわれが集めたものではなく我々が与えたものです。

神は決してあなたの力に余る試練を与えない。

老いは、人間をより個性的にするチャンス。量から質に変え自分を豊かにしましょう。

挨拶は「あなたは大切な人」と伝える最良の手段。

人間は決して分かり合えない。だからどれだけ相手を信頼しても100%信頼しない。98%にしなさい。あとの2%は相手が間違った時の許しのためです。人間は不完全なものです。なのに100%信頼するから許せなくなる。100%の信頼は壊れやすいです。残り2%のゆとりが大事です。

まとめ
最初の1ページから最後の157ページまで全ページ心に響きます。

著者 渡辺和子 1927年生まれ ノートルダム清心学園理事長

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