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お金持ちよりも幸せになれる方法 ロバートシュラー あらすじ

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はじめに

もしもお金持ちだったら幸せになれるのになあ。もしも~だったらが全て実現したとしてもそれで幸せになれるという保証はどこにもないです。というのも望んでいたものを手にしてもそれによってまた新しい欲望が次々と出てくるからです。人間は物質的に恵まれてもそれだけでは幸せになれないのです。お金を手に入れることで幸せをつかもうとしている人は目が覚めてないのです。というのも世の中のお金を全て集めてきても幸せを買うことをなどできないからです。実際たくさんお金を持っていれば持っているほどそれだけ多くの問題が出てきます。また裕福な人ほど孤独感、猜疑心に悩まされているものです。では裕福になっても幸せになれないのなら有名になったら幸せになれるのでしょうか?想像するのも簡単です。一定数の誹謗中傷にさらされます。
ではどうやって幸せを見つけたらいいのでしょうか。それはお金や名声や人間関係ではなくあなたの物事の見方取り組み方を変えるだけで簡単に見つけられるのです。この本はそれについて書かれていますつまり逆境に対する考え方次第でマイナスもプラスになるのです。
実際にイエスキリストの聖書の八つの法則を紹介しながら処世術を紹介しています。

イエスキリストの「八福」(イエスキリストが山上の垂訓中に説いた八つの幸福の教え)を実践すれば幸せになることができます.

1.心の貧しい人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである
2.悲しんでいる人たちは、さいわいである。彼らは慰められるであろう3.柔和な人たちはさいわいである。彼らは地を受け継ぐであろう
4.義に飢え渇いているている人たちは、さいわいである。彼らは飽き足りるようになるであろう
5.憐れみ深い人たちは、さいわいである。彼らはあわれみを受けるであろう6.心の清い人たちは、さいわいである。彼らは神を見るであろう
7.平和を作り出す人たちは、さいわいである。彼らは神の子と呼ばれるであろう
8.義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである

それぞれ見ていきます。

心の貧しい人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである

かけているところがある人は幸せです
人生で成功するためにはまず自分に欠けているところを見つけることです。その上で(心の貧しい人)になり謙虚な態度で助けを求めることです。そうすると優しい人が寄ってきます。強い人は弱い人を助けてくれます。プライドを捨ててごまかしたり隠したりしてはいけません。より恐ろしいのは隠すことによる結果です。
自分に欠けているところを知っていてそれを隠そうとしない人は幸せです。なぜなら成功は助けを求めることができる人のところに寄ってくるからです。そうすることによってますます誠実になり周りの人から信頼されるようになります。そしてみんなとうまくやっていけるようになるのです。またその過程で自尊心が非常に高まります。
自分に欠けているところを認めることができない人は自分に嘘をつきありのままの自分を殺し、ありのままの自分を誰にも見られないようにしなければなりません。仮面をかぶり問題がないふりをするので誰にも助けてもらえません。
素直になることで誠実になり、完璧主義から解放されて真の幸せになります。つまらないプライドは傲慢さと虚栄心しか生まれません。

悲しんでいる人たちは、さいわいである。彼らは慰められるであろう

傷ついたことがあるからこそ乗り越えられる。悲しみから明日が得られます。いつまでも心の傷として残るような深い悲しみを経験しても幸せになることは可能なのです。悲しみは憎しみに満ちた人ではなく優しい人になるよう私たちを勇気づけてくれます。そしてネガティブなものをポジティブなものマイナスをプラスに好転させることを教えてくれるのです。悲しみは罪悪感に感じることがありますが、自分を責めても何も変わりません。本当の問題はその悲劇に対するあなたの反応なのです。もしあなたが悲劇に対する自分の反応をコントロールできなければあなたはいずれ自滅するでしょう。
あなたが悲しんでばかりいたらあなたの周りの人々も悲しませることになります。非建設的な悲しみは捨てなさい。どんなにつらいことがあってもいつまでも続きません。
他人のことが考えられなくなるような悲しみは勝手な悲しみです。自分より苦しんでいる人はたくさんいるのです。他人のことを考えなさい。それから自分のことを考えるのです。悲しみに暮れている時はその悲しみの裏側に隠されている喜びに気づきません。今隠されている喜びを見つけるのです。
悲しみで酒飲みに溺れたりしないように。悲しみを経験すればするほど傷ついてる人に対して優しくなれるのです。自分の悲しみを周りの人の為に活かすのです。自分がひどい目にあうまでは他人の痛みなど本当にわかるはずがないのです。失敗を経験するまでは本当に成功することなどできるはずはないのです。悲劇を経験した人は人生を全く新しい見方で見るようになります。

柔和な人たちはさいわいである。彼らは地を受け継ぐであろう

安定した心ほど強いです。自分の力を抑制できる人です。強い人とは自分をコントロールできる人であり自分を磨き上げることができる人なのです。彼らは力をつけても優しい心を忘れることありません。本当に柔和な人とは強く情緒が安定していて聞く耳を持っていてしかも優しい人なので強い人でも優しさがなければ人の心の痛みが分かりません。情緒が安定していれば誘惑に打ち勝ち、したたかさを持ち、最終的に成功します。
生意気で傲慢で横柄な自信家は苦しみます。なぜならそのような人にはあまり友達ができないからです。他人を押しのけて我が道を行く人は不幸です。私が一番だと思っている人にはたくさんの敵ができます。自分は何でも知ってると思っている人は必ず失敗します。
何もかも自分一人でできないことを理解していますか?そして他人の意見を聞き入れる耳を持っていますか?感受性が強く物静かで自分勝手にならないほど優しいですか?そうなら目標を達成できるでしょう。

義に飢え渇いているている人たちは、さいわいである。彼らは飽き足りるようになるであろう

多くの人は現状に満足していなくてイライラしています。順調に進んでいるのに何かが欠けてると思い込んでイライラしてるので、今この瞬間を楽しむことができないでいます。ならどうすれば満たされますか?有名になれば満たされますか?名声は消えてなくなるものです。名声を得て満たされることなどないのです。生きがいを持つことが大切です。ボランティアなど価値のあることを無償で行うことがいいです。
成功すれば満たされますか?成功しても満たされません。人生の質は自分の人生を向上させようとして打ち込んだ努力に比例します。権力を持ってもスキャンダルで失脚します。性的快感が得られれば満たされますか?フロイト曰く人間の深い欲求は快楽であると主張していますが著者は反対しています。人間の究極の欲求は健全な意味での自尊心であり清い心です。
満足と幸福は義を求めることによって得られます。義とは何か素晴らしい可能性を達成しようと挑むことです。勝っても負けても挑戦することで自尊心が高まります。成功しても失敗しても自分を恥じることなく自分の人生を歩むことができるようになります。つまり挑戦したことを誇りに思えるようになります。飢えと渇きは頑張れという意味です。

憐れみ深い人たちは、さいわいである。彼らはあれあわれみを受けるであろう。

最も大切なことは何が起きたかでありません。起きたことに対してどのように反応したかなのです。人生はいつも公平であるとは限らないのです。そしてそれを悟るのが早ければ早いほど情緒的に成熟するのも早いです。
不幸を呼ぶのは怒りと復讐です。幸福を呼ぶのはどんな悲劇でも肯定的に受け入れることです。そして憐れみをくれるといっています。与える量が少なければ少ないほどくれる量も少ないのです。逆にたくさん与えれば与えるほどたくさん返ってきます。もしもあなたが批判的であれば周りの人もあなたを批判することでしょう。もしもあなたが人の噂をすればその人も必ずあなたの噂をします。それは人生の法則の一つであり自然現象をコントロールする物理的な法則と同じくらい現実的なものであり避けることのできないものです。
良いことをすれば良いことが訪れる。奉仕はそれ自体が報酬なのです。喜びに溢れた人生をおくるための処方箋は善良でありなさい。親切でありなさい。利己的になってはいけません。自分にして欲しいように他人にしてあげなさい。何か良い事が起きてほしいと思うなら自分から率先して良いことをしなければなりません。他人から優しくしてもらいたいのなら他人に対して優しくすることです。もし周りの人が良くならない人ばかりならその良くない人を良い人に変えなさい。どうすれば良くない人を良い人に変えることができるでしょうか?それは彼らの一番いいところを引き出すことです。ではどうすれば彼の一番良い所を出すことができるでしょうか。それは彼らの中にある一番いいところに注目することで彼らが自分のことを素晴らしい人間だと思うまでです。それまでは彼らはあなたを大切にすることはないでしょう。他人を批判ばかりしている人は大抵低い自己評価に苦しんでいるものです。慈悲の心を持って人に接するのを妨げているものは何でしょうか?それは怒りであり嫉妬であり恐れです。もしもあなたが自分の怒り嫉妬被害者意識を処理できなければ心の奥底で自尊心を高める必要があります。

心の清い人たちは、さいわいである。彼らは神を見るであろう

心の清い人になるには気ずくこと、片つ”けること、あきらめること、始めることです。宗教心を持つことは本能的であり、普通であることに気つ”くのです。それから片つ”けること、自分の失敗と否定的な感情を洗い流すのです。諦めるのは、自分の欲しいものをあきらめると神様との距離が近ずきます。
始めることは、例えば夢に向かって努力する、計画を実行する、何か偉大なことをする、です。

平和を作り出す人たちは、さいわいである。彼らは神の子と呼ばれるであろう

平和を作り出す人になることはとてもやりがいがあることです。緊張、闘争、紛争があるところに平和をもたらすことが出来れば深い満足が得られ、自尊心が高まります。平和を創り出すことは危険です。それは滑りやすいものです。滑って首の骨を折るかもしれません。しかしそれが向こう岸に渡るただ一つの方法なのです。仲裁者の役割を果たすことは危険です。しかし不和を直そうと思えばそれが必要なのです。平和を作り出す人は自分自身に満足しています。だからこそ彼らは他人とも満ち足りた関係が築けるのです。しかしすでに述べたように平和を創り出すことは簡単なことではありません。心に葛藤や不安があると「不和を直し道を修復する」ことから後ずさりしてしまうことがあります。そういう時は愛から力を得るのです。

義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである

どんなことがあってもあなたは幸せになれるです。
迫害は色々な源から発し、色々な形で起きています。自分の味方が訳もなく裏切ることもあり得るのです。社会制度によって冷遇されることもあります。またで私たちは自分の思い通りに生きることができない時よく自分自身を迫害します。つまり後悔、罪悪感、自責の念で心を痛めてしまうのです。あらゆる迫害の中で一番多いのがこの自責です。勝者も敗者も迫害を受けます。名を成した人も嫉妬深い人から迫害されます。出る杭は打たれるのです。プラス思考者は常に迫害されます。
裕福な人も貧しくて疑い深い人からは裕福な人は迫害されます。非常に成功した人々も疑いの目で見られることが多々あります。このような迫害
はよくあることです。
あなたは自分が迫害されていると思いますか?もしもそう思うならそれを喜ぶことです。いずれにせよあなたは幸せになれるのですから。たとえあなたが不公平、侮辱、違法行為、差別、圧迫の犠牲者であっても幸せになります。
どんなに悲惨な状況でも肯定的な心構えを持つことです。最終的には勝利を手にします。迫害する人は勝手に迫害させておけばいいのです。しかし自分がやっている善行はやめてはなりません。苦難にぶつかった時どう対応するか。言動で他人を傷つける人は大抵の場合自分が他人を傷つけているということに気付いていません。彼らは自分のやっていることがわからないだけなのです。彼らは頭の中が混乱していて意地が悪くなっていたり不安になっていたりしてそのために本能のまま行動しているのです。彼らには他人の気持ちを考える余裕などないのです。
誰でも苦しんでいる時は周りの人を責めたくなるものです。また他人から拒絶されたりからかわれたりしたとき神様を信じ続けることは難しいことです。しかし迫害された時の苦しみを乗り越えるためには神様を信じ続けなければなりません。苦しみが永遠に続くことはないです。

結論

人は生まれ変わることが出来るのです
性格は変えることが出来るのです
全く新しい人間になれるのです
素晴らしい人生を歩むことが出来るのです
どんな問題にも解決する方法があるのです
どんな陰にも光があるのです

イエスキリストの迫害、はりつけ、復活は私たちに次のことが可能であることを示しています。

問題をチャンスに変えること
チャンスを掴んで成功すること
大きな夢を見て実現すること
恵まれた人に嫉妬するのをやめ恵まれない人を愛するようになること
打ち砕かれた望みをあきらめずもう一度始めること
魅力のない人の中に大きな可能性をみること

あなたは本当に幸せですか?

幸せ。それは勇気、信頼、希望、平和で成り立っている心の強さです。それを混ぜ合わせるのです。そうすれば幸せがつかめます。

「神様。私は人生を歩んでいくのに友達が必要です。今、私の一番の友達になってください。」

まとめ

誰だって悲しいことや辛いことは嫌です。もちろん私も嫌です。できることなら嫌な目を避けて通りたいと願っています。しかし残念ながら避けて通ることができる人はこの世に誰もいないのです。ですから悲しいことや辛いことに遭遇した時どのような心構えでそれに対処するかによって幸せが決まるのです。
この本はイエスキリストの聖書をベースに、それを分かりやすく具体例をたくさん用いて説明しており、そこが他の幸福論と趣を異にしているところです。
人は自分が悲しい目にあって初めて他人の悲しさを知ることができるのです。自分が迫害されて初めて迫害されている人の辛さを自分のことのように感じることが出来るのです。だから悲しんでいる人や迫害された人は幸せなのです。迫害されたことのない人は他人に対して優しくなれないのです。どんな宗教とか分け隔てなくすべての人に通ずる「お金持ちよりも幸せになれる方法」です。

著者 ロバートシュラー 1927年アイオワ州に生まれる 信念の力によって人生の成功を確実に手に入れる思考法の第一任者として著名

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