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カルロスゴーン経営を語る カルロスゴーン、フィリップリエス あらすじ

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はじめに

ご存知の通り日産は経営不振のためにルノーに助けを求めた。なぜルノーなのか?ルノーのイメージは日本ではベンツ BM ほど認知が低いし、ルノー自身も自動車業界では落ちこぼれのレベルにいました。それが日産との提携でした。元々日産の提携先は巨人のダイムラークライスラーでした。一方ルノーもアジアでの提携先を考えていて、余っているのが日産と三菱でしたが、ダイムラークライスラーが提携破棄し、自動的に日産とルノーは提携しました。そして2年前にミシュランから引き抜いたカルロスゴーンが東京で日産の幹部を前に黒板でルノーがいかに蘇ったかをプレゼンしました。両者は好感触で両政府、官庁でも前向きに受け入れられました。そして海外ジャーナリストが命名した「コストカッター」ことカルロスゴーンが日本にやってきました。ゴーンはビジネス上の経歴は凄まじい実績を残していました。1999年に日産リバイバルプラン再生計画が発表され経済の低迷が続く日本で見事2年で日産を黒字にしました。インタビュー形式で取材されたのでゴーンの生の声や真理が伝わってきます。

祖父の話~学生時代

本書は祖父の話までさかのぼって解説しています。カルロスゴーンの祖父がレバノンからブラジルへ移民した事情を中東の宗教、レバノンの地域的事情、民族性も含めて丁寧に説明しています。ゴーンの父と母はブラジルとレバノンを行き来する生活でその時期はレバノンの内戦の時ではなく平和な時期でした。幼少期の教育もゴーンの人格形成に影響しています。ゴーン自身も規律の大切さや組織立てる力、競争心を持つこと、最善を尽くしてやり遂げる強い意志を身につけることができたと語っています。ゴーンは小さい時に好きで遊んでいたゲームが世界の様々なことがわかるゲームで将来ゴーンが世界を股にかけて活躍し、数ヶ国語を話すことができるようになる第一歩のエピソードです。レバノンのイエズス会で忠誠心や誠実さ教養を学び、フランスのグランドセゴール(エリート養成学校)に入ったが、ゴーン自身は公務員だけはなりたくなかったと言っています。

ミシュランでのヨーロッパ時代

学校に在学中でありながら一流企業のミシュランからオファーが来るなんて相当優秀なのか想像ができます。ミシュランはブラジルでの事業を広げていたので故郷のブラジルで仕事ができるのもありミシュランに入社しました。ミシュランの社風も同期の繋がりが深く大切にするところが日本的でありミシュランと日本の大企業との類似点のひとつでした。そしてタイヤ製造工場に配属されました。そこでインストラクターが数学を教えて欲しいと言われ、ゴーンは数学を教えてあげて、その代わりに製造部門のやり方とかを教えてもらいました。それによって良い絆ができました。工場ではコミュニケーションの大切さを学びました。どんなに優れたアイデアを持っていたとしても人に伝わり皆に協力してもらえるものでなければ何の役にも立たないのです。これは学校では習わなかったことなので大切な経験でした。

ミシュランでのブラジル時代

順調なキャリアを積み上げ、危機的なブラジル事業へ移動しました。経済面ではハイパーインフレでした。そういう状況なのにタイヤの支払い期日を二か月後にしてました。これは運転資金にコストがかかります。ゴーンはブラジルの事業の現場を綿密に調査しました。労働問題も何回もミーティングして妥協案を見つけました。情勢もコロコロ変わります。フロナ計画、クルサード計画、あれやこれやのブラジルの政策でかき回されますが、ゴーンは巧みに舵取りをしました。必要、不必要をしっかり調べてブラジルにあった経営改善を行いました。そして2年目から黒字にしました。

ミシュランでの北米時代

次は北米に赴任しました。北米ではミシュランとユニロイヤルグッドリッチの統合に奔走し、ここで欧州で学んだことブラジルで学んだことを実践で活かす場となりました。ここでの経験はクロスマニファクチュアリングとクロスファンクションという言葉で集約できます。前者は別のブランド名で販売する製品を同一の設備で製造するのと、後者はエンジニアリング、製造、マーケティング、販売といった異なる部門の責任者たちを一堂に集め、一つの問題をみんなで解決することです。ゴーンはさまざまな要因を分析して一つの道に進む判断力の能力に優れていました。ミシュラン社長のフランソワミシュランからも戦略的思考が人を導くということも学びました。「手元にある手段や自由に動かせる人員に基づいて決定するのではなくその逆で、実行するために必要な準備を整えなければならない」と。北米では最初は不況もあって苦戦しましたけど6年後には会社の業績は拡大しました。北米では市場競争を学びました。北米のクライスラーのアイアコッカとボブルッツとの出会いは経営者としてのあり方を学びました。その時ゴーンはミシュランのほぼトップの下まで上り詰めていましたがミシュランが同族経営の会社であったため最終的にはトップには絶対になれないと思っていました。ミシュランのトップも息子を後継者にしようと動いていました。それはゴーンの妻も気づいていました。「あなたはトップにはなれないのよ。息子がトップに立った時はあなたは終わりよ。北米での実績は十分に果たしたからこれ以上自分の力を証明する必要はないですよ」その時同時にルノーからヘッドハンティングの電話がかかってきて、ミシュランを去ることになりました。ゴーンがプラスになるならとミシュランも心よく理解してくれました。ミシュランでは経営哲学を学びました。フランソワミシュランが個性がとても素晴らしく技術革新に対する考え方は ゴーンに影響を及ぼしました。「大切なのは奇抜なことだ。奇抜であることが未来を切り開く鍵になる。技術革新は殻を破ることである。普通でないことを拡大して見てみると新しい世界が発見できる。」これは長期的に見ないとできないことです。

ルノー時代

フランソワミシュランはゴーンがルノーで働いてる時にも「うまくやってるか」と会いに来てくれたエピソードは日本では考えられないことです。フランソワミシュランの人物の広さがゴーンを大きく育てたと思います。フランソワミシュランのリスペクトが伝わってくるエピソードも記述されています。ルノーの魅力は制限枠(昇進の限度)がなく、会長直々後継者になってもらいたいと言われたことです。ルノーの問題点は部門部門の風通しが悪くゴーンの経営改革の信念のクロスファンクショナリティができてなかったことでした。しかし問題点を客観的に判断しルノーの良い点を理解し建て直しました。そしてダイムラーベンツとクライスラーの統合でルノーも統合先を模索するうち日産に決めました。三菱も候補にあがっていましたが、財閥構造がネックになり断念しました。

日産時代

過去の実績から真っ先にゴーンは指名されて日本にやってくるのですが家族、特に妻の理解が素晴らしくゴーンにとっては家族の協力は助けになりました。日産と言うか日本の仕事の特性もしっかり把握していました。作業効率は良いが独創的なアイデアがない。年功序列、天下り、危機感の欠如、ビジョンのなさ、しかし勤勉であり、チームワークは素晴らしいものがありました。行く先を示してあげれば良いと分かりました。そしてゴーンの信念であるクロスファンクションチームを作り3ヶ月間休みなしで計画を立案しました。世界中の日産の工場も視察しました。そして全てを見渡して一つの道を作りました。各部門 A,B,C,D というランク付けするのではなく、会社にとって何がためになり、ためにならないか、本質的な部分、主観的な部分について考え色々な部門の人と話を聞き、良くなるにはどうすればいいかを考えました。
そしてついに日産リバイバルプランが発表されました。リバイバルプランはコストカットばかり注目されますが、創造を目指したものでした。「創造というものは、現実を直視することによって初めて可能になるものです。」日産の、いや日本人の悪しき体質を批判しつつ穏やかに業績を上げていった手腕は見事でした。同じことを欧米で行えばデモやストライキになりかねないですがゴーンは日本人の気質も把握していました。リーダーとはいかなるものでなければならないかも述べています。未来のリーダーは一番厳しい最前線で仕事をすることによって鍛えられるのです。文化も変化させました。努力の文化から結果の文化へ。結果を大切にすることはチームと協力する必要があるからです。社員の意識レベルまで改革を進めました。これは相手を塗り替えるということではありません。相手を尊重し、信頼を築く努力をしました。一部ルノーのなかには苛立ちはありました。それを我慢して信頼を生み出しました。業績も上がり、他社はベースアップないまま日産だけがベースアップし、報酬も分け与えました。これからはマルチカルチャーになっていかなければならないですが、TOYOTAやHONDAは日産ほどグローバルになってないのでこれから日産の強みが発揮されていくでしょう。日産はすでにグローバリゼーションを経験済みなのです。ゴーンは日産を世界一とか販売台数などは他のメーカーとの比較でしかなく目標ではありません。真の目的はルノー、日産の実質的な成果をあげることなのです。

経営者について

経営力は危機に直面した時、困難な状況の時こそ鍛えられます。偏見に囚われず状況を把握し、原因を分析します。理論より事実を重視します。そして解決策を導きだします。してはいけないのは責任転嫁です。リーダーなら自分が責任をとる覚悟であり、フットワークを軽く様々な人の声を聞いて人間中心に考えることです。部屋に閉じこもって経営していてはだめです。数字とメッセージの透明度を高めること。事業の幅を広げず本業に集中します。計画ー時間を常に頭に入れておきます。これらをやり遂げる確固たる意志が必要です。

生き残る条件は
1.イノベーション
2.品質向上
3.コスト
4.迅速に対応するスピード
以上は小規模企業でも競争力はつくが大規模企業は有利です。

世の中には救いようのない事態はありません。諦めずにやり抜くことです。

まとめ

本書を読むと血も涙ないコストカッターのゴーンのイメージが崩れます。贔屓目に書かれているにしても人間味溢れるゴーンが垣間見えます。確かになんでもかんでもコストカットして成果をあげるなんてヨーロッパ、南米、北米、日本とそれぞれ状況がちがうので同じやり方では上手くいくはずはないですが、ゴーンはいずれも成果をあげました。いずれの場面でもまず全体を隅々まで見て正解に進む見分ける能力の高さ、それを時間をかけても調整し、感情的にならない粘り強いコミュニケーション、国民性のいい所悪い所を客観的に見る力の高さが際立ちます。知識が偏ってなくてゴーンは文系人間ですが実際には理科系を学び、「言葉と文化の関わり」にも興味があり、どの土地にいっても心から愛していたので2020年の日本脱出は事実上日本の地に二度と足を踏み入れない決断をしたのはゴーンのなかでは葛藤があったことが感じられます。本書はゴーンの自伝的要素もありますが、リーダーたるものについても多くの部分解説しているのでベストセラーになるのも納得する良書です。

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