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超 AI 時代の生存戦略 シンギュラリティに備える34のリスト 落合陽一 あらすじ、要約

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本書は計算機技術の発展による超 AI 時代を生き抜いていくために、時代性を読み解き、必要なスキルやマインドセットなどについて解説したものです。

AI時代の生き方

スマートフォンは21世紀で最も人の生活、文化を変えた装置です。たった10年で劇的に世界を作り変えました。ヒト、モノ、カネ、環境、哲学、景色がインターネット上に集まっています。

21世紀になって間もなくは技術発展を好意的に受け入れることができました。効率化、自動化、無人化です。ネット通販やYouTube、自動翻訳など歓迎して受け入れてきました。しかし技術発展がさらに進むと自分の専門的修練が脅かされないか不安になってきました。不安を紛らわすために「人間にしかできないクリエイティブなことまでは犯されないだろう。」と考えた。しかし日本については世界に対抗できるプラットフォームを持ってないのでamazon.Apple.Googleを利用している間は楽観する余裕はないです。機械と対抗するより、私たちは機械と親和を深めていくべきです。機械によってクリエイティブを加速させ、未来の形に問いかけることを繰り返し、より大きな問題をクリアして考え方を作り続けていく。

労働、生活の考え方を変える。雇用され労働し、報酬を得、余暇を過ごすというスタイルから個人のキャラクターを手段として生活に溶け込んで労働と余暇の垣根をなくし、総合で価値を生み出す事が大事です。機械が発展してくるにつれてデカルト以後の新たな転換点に来ている。「人間らしく生きるとは」というところに機械が足を踏み入れてきた。心は機械でプログラムできるのではないか。あらゆるものがプログラムできると人間らしく、自分らしくという考えは持ち続ける必要はない。超AI時代においてはグローバルはグローバルの強みがあり、ローカルはローカルの強みがあるので優劣に差は無い。

社会構造が多様化していくと個人が違う方向に向かっても成立するので競争の本質も変わる。相対的な競争が少なくなってきます。競争のメリットはモチベーションが生まれる。デメリットは思考的多様性が少なくなる。自分は自分の道を行くことに価値を見出し、淡々とやっていくことを当たり前に思うようにする。他人と競争するのでなく未開拓を淡々と進んでき自己実現していくことが重要です。

これから生活スタイルは未開拓を淡々と進む考え方をテーマにコンピュータに到達不可能な価値を見出し、時代を進める人と、プラットフォームに吸収されて、責任と生存戦略をコンピュータに任せる人の2パターンに分れる。どちらも許容されて、〜すべきと考えないことが重要です。自分にとっての価値基準を決定して信じて進める。

work as lifeのスタイルになると趣味性は非常に重要です。機械が代わりに仕事をしてくれると空いた時間で自分の個性を強化して仕事に生かす流れが望ましいし、ギャンブルの要素を取り入れるとwork as lifeがより充実して豊かな人生になる。work as lifeを継続するためには報酬がモチベーションになる。ギャンブル的報酬、コレクション的報酬、心地よさの報酬の3つのデザインの中で自分にあったものを選んで意識して遊びとしてやっていくべきです。それを他人にアピールして自分を語ることはシンギュラリティのキーワードです。社会にあわせなくてもいい、自分がよければいい、そのことでな何が残っていくかを意識する。

思いついたら即行動、最初は他人のコピーでもいいし、オリジナリティなんてなくていい。言ってしまえば考えない方がいい。これからの時代は遊びでしか個人のアイデンティティを確保できなくなるかもしれない。好きな事でアウトプットしてその人らしさを作ります。時代の波に乗れれば圧倒的に成果がもたらされる。波打ちぎわで遊んでいては何も楽しめない。

AI時代の働き方

コンピュータによって人間が学習するスピードは加速し、コモディティ化は進む。その速度は指数関数的に速くなり、そうした中で技術を追いかけ続けないとあっという間にリストラされていまう。無駄な時間を削って新しい技術を追いかけないと医者でさえロボットで替られると医者も必要なくなるし、研修医と熟年の医者の違いもなくなる。弁護士も同じく。シンギュラリティには今まで当たり前だったことがガラッと変わる世界になるので未開拓地へと歩み出さないとコモディティ化は避けられない。

今は技術革新が昔より速いので業界、マーケットの変化もはやいので常に追いかけてないとつかえなくなる。よって会社の寿命は短く、長く会社にしがみついている理由はない。会社を使い倒すのがいい。

人間は時間に常に追われる。大事なことは時間をかけてもいいがコンピュータでもできることや、コンピュータを使った方が早いときは徹底的に使いこんで時間を削っていくようにする。一刻も早く無駄な時間を削って時間に追われない生活を手に入れて遊ぶのです。

ボーッとした時間が欲しいために好きでもない釣りをすることは一見無駄に見えるが人間にとってはやらなくてはいけないことで、機械との差別化を図ります。このように非合理な事が大事です。なぜなら合理的なことは機械が断然得意だからです。手っ取り早く魚を釣るというゴールを設定すると機械や別の手段で完結できてしまうが、ボーッとして釣り糸をたらして時間を過ごすということはゴールもないし、そもそもベクトルが違う。合理的、非合理的を分けた方が人生は豊かになる。

ヒューマンコンピュテーションが今研究されています。システムの中に人間とコンピュータが共存するシステムで、人間をどう機械と連系すると合理的に問題解決できるか、人間が処理してる間にコンピュータになにをさせるかということです。そのことによって人間同士のコミュニケーションの効率化を図ります。

仕事の効率化を図るには常にプレゼンをイメージして進めると本質がまとまり無駄が省ける。

前世紀はマスメディアの時代であり、メディアに出ることで価値が生まれる。テレビに出て認知されると価値が生まれ、そこに出てこないヒト、モノは存在すらしられてないので価値はないのと一緒です。しかし今、個人が発信できるのでソーシャルメディアを利用して価値を生み出さないといけない。受動的な思考では何も変わらない。マスメディアの時代だったら皆んなと同じでよかったが、これからは皆んなと同じは価値がない。その人の技能、キャラクター、特殊性を発信していくべきです。

今からはもっと政治に参画して、自分に関係のある政治に関心を持たないと生存的に危険になる。昔は大多数がおなじような働き方をしていたので危機的状況には陥らなかったが、もう個人が多様になったのでもっと政治に興味をもたなくてはならない。これからはコンピュータが政治を行うのも普通になるだろう。

今はマスメディアよりもSNSの方が情報は早い。しかもマスメディアは情報量が限られているので自分から情報を取りに行くべきだ。

なんらかの分野でTOPになる。ニッチを制することは非常に価値がある。

AI時代の生活習慣

全ての悪習はストレスが原因である。主体性を追い求めすぎるとストレスフルになる。

仕事で溜まったストレスを違うことで発散しようとしないこと。理想は仕事で溜まったストレスは仕事で報われてストレスから解放されるようにする。
また、他人と比べない。適度に運動して脳の働きをよくして、健康に努める。

酒やタバコは体に悪いなと自覚してればやっても良い。機械にはできないが人間はアルコールがはいると普段と違った状態になれる。ある種「壊れた状態」になれる。この、あえて壊すことは重要です。

何が自分のコンプレックスなのかを知っておく。他人からみて劣っていることです。このコンプレックスを意識することである程度自分の心が制御できるようになっていく。これからは未開拓に進んでいくべき、というキーワードからするとコンプレックスには出合わないはずだ。コンプレックスを感じなくていい社会になっていく。

流行を気にしない。服も、遊びも自分の好きなものを選択すべきだ。その人らしさがキーワード。結局選択肢の中からしか決められないのです。

世の中物事は極めて少ない人数で決まっている事が多いので友達も多くなくていい。

自動運転が当たり前になると家や土地は意味がなくなる。通勤に、買い物に便利だからという決め方に意味がなくなっていく。

work as lifeの考えだと老後という概念は退職を前提としているので意味はない。そこで貯金は何に必要かというと大概は子育て、老後なので予期せぬリスクにある程度カバーできるなら貯金はいらない考えもあり。お金を貯めてるだけだと時間もお金も滞る。人にご飯を奢るも広い意味で投資である。積極的にお金を動かそう。

子育ては「趣味としての子育て」として取り組むと楽しくできる。教育熱心でない方がいい。子供の個性を伸ばすようにもっていく。平均値でなくピーク値を高めるように。放っておいても勝手にやるくらいまで親はすれば良い。

テクノロジーの変化が私たちに求めようとしている事実は次の四つです。

1.身体はタンパク質コードによって記述された有機的機械である

2.心はやがて人工知能によって実証され解体され記述され得る関数である

3.互換を再構成することで個人やコミュニティによって違った現実を定義しうる

4.計算機発展以降、ヒトは世界を観察し解釈を与えうる唯一知性ではない

超AI時代の生存戦略p172

まとめ

私たちはコンピュータが発展し、人間性を失った先にある次の科学、哲学を再構築する時期に来ている。コンピュータを操るのか、操られるのか、未来への恐怖を抱くのでなくコンピュータの世界と調和して新たな科学哲学を見つけていくことです。各自で幸福論、ビジョンを持って楽しみ、遊ぶのです。時代、科学技術は進むしかない。以前あったものを理想としても戻ることはない。正義、真実、虚構が曖昧になってフラットになっていく。考え方を時代の流れに合わせて変えていかないと摩擦が起こるだけだ。

著者 落合陽一 1987年東京都生まれ メディアアーティスト、筑波大学助教授、デジタルネイチャー研究室主宰

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