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AI vs.教科書が読めない子どもたち 新井 紀子 要約、あらすじ

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大規模な調査の結果分かった驚愕の実態。日本の中高生の多くは中学校の教科書の文章を正確に理解できない。多くの仕事が AI に代替される将来、読解力のない人間は失業するしかない。気鋭の数学者が導き出した最悪のシナリオと教育への提言。

はじめに

著者は昨今のAI情報に憂慮しています。AIが神になる、AIが人類を滅ぼす、シンギュラリティが到来するなど多くが短絡的で扇動的であったり間近で人工知能に関わっている著者は首を傾げる。なぜならAIはコンピュータであり、コンピュータは計算機であり、計算機は計算しかできないからです。人間の知的活動のすべてが数式で表現できなければAIが人間にとってかわることはできないのです。数学の常識としてシンギュラリティが絶対来ないことを解説し、シンギュラリティとは別の脅威が来ることを語っています。

AIとシンギュラリティ

AI(人工知能)は人間の知能の原理を数学的に解明してそれを工学的に再現するのですが、我々は未だ知的活動を測定することすらできていません。できるのは電気信号や血流などの物理的な動きだけで、そもそも人間の知能の科学的解明ができていないのです。今盛んに研究されている「ディープラーニング」などの統計的手法の延長でも人工知能は実現できません。統計という数学の方法論に限界があるためです。近年よく知られるようになった音声認識、言語処理、Siriなどは「AI技術」なのです。AIとAI技術は違うのです。

シンギュラリティについてはAIが人間の知能を超える地点という意味に使われていますが、シンギュラリティとは正確には「技術的特異点」と訳されてAIが人間の力を全く借りずに自分自身よりも能力の高いAIを作り出すことができるようになった地点のことを言います。

AI技術の発達

著者は「ロボットは東大にはいれるか」という人工知能プロジェクト(年間予算3000万円)を始めましたが、世間には間違った情報がメディアを通して広がりました。それはAIは東大に合格できるレベルにまで達しているというものですが、著者の目的はAIにはどこまでできて、できないものは何かを解明するために研究していたのであって東大に合格するロボットを作りたかったのではないのです。しかし東大とまではいかなくても名だたる難関大学には合格レベルまで来ています。世界史の偏差値66.5数学の偏差値76.2。この結果で研究者は今までの努力の結果が身を結んで海外からも注目されて喜びましたが、将来多くのホワイトカラーの職がAIに奪われるという予想が現実的になってきて不安に襲われました。

AIという言葉が世界で最初に登場したのは1956年アメリカ東部のダートマスでのワークショップです。世界初の人工知能プログラムのデモンストレーションです。第一次AIブームで1960年代まで続きましたが迷路やパズルが解けただけでした。推論と探索はその並外れた計算力で力は発揮できますが、様々な条件の現実問題の解決には無力なのです。これを「フレーム問題」と言います。1980年代に第二次AIブーム、そして第三次AIブームが今私たちの時代なのです。

第三次AIブームでは新しい考え方である機械学習という統計的な方法論が導入されました。コンピュータが与えられたデータを繰り返し学習することで、そのデータの中にあるパターンや経験則を自律的に認識します。そして機械学習の効率を飛躍的に向上させたのがディープラーニングです。単純な総和でなく、特徴量をいくつか組み合わせて判断させるのです。それにより特に物体検出の技術は向上しました。

2017年TEDでの発表会でワシントン大学の大学院生のジョセフ・レドモンが考案したリアルタイム物体検出システムYOLOはこれまでのAIの認識を一つにまとめて高速化に成功し、限りなく人間の目に近づく技術を発表しました。

新技術が人々の仕事を奪ってきた歴史

目覚まし時計が発明される迄は長い棒で窓を叩いて起こす目覚ましの仕事がありました。駅の切符切りは自動改札になりました。女性に人気のタイピストもタイプライターは博物館の展示品になりました。ATMやネットバンクは銀行業務を大幅に減らしました。新聞や印刷業もデジタル化されていきました。2016年インターネット専業のジャパンネット銀行がローンの与信審査を完全自動化しました。これからも保険業者、スポーツの審判員、物流業など様々な分野の職業が奪われ、20年以内に全雇用者の47%が職を失うと予測されています。

読解力と常識の壁

東大ロボットプロジェクトで東ロボ君は数学と世界史では好成績を残しましたが、英語、国語では偏差値50辺りで伸び悩みました。最先端の数式処理を用いても偏差値60までしか伸ばせないことに研究者達は気づきました。どうしても超えられない壁があるのです。言語処理を数字に落とし込むことができないのです。ですからスーパーコンピュータを使って処理能力を上げても意味がないのです。一秒間の演算処理の回数と知性に科学的関連はないのです。私たちの日常生活であたりまえのことにおもっていることはロボットにとって全く理解することはできないのです。人間なら暑い時には寒くないことは分かりますが、ロボットにはわからないので、囲碁や将棋ができても近所に買い物すらできない常識の壁がたちふさがっているのです。

スマートフォンの普及で電車の乗り換え案内や料理のレシピなど私たちの質問にコンピュータは答えてくれていますが、AIは意味を理解しているのではなく、入力に応じて出力しているだけなのです。

数学の歴史
アラビア半島からインドに渡った数学がヨーロッパに伝わってガリレオが天体や落下するものを数学で表現し、ユークリッド原論、自由落下など2次関数で表され、パスカルが確率の概念を発見さし、ニュートンが万有引力を発見して数学が著しく発展し、ライプニッツが微積分を発見しました。そして数学の歴史で最後に発見されたのが統計なのです。

数学の歴史を経て発見してきた論理、確率、統計にはもう一つ決定的に欠けていることがあります。それは意味を記述する方法がないのです。数学は基本的に形式として表現されたものに関する学問ですから意味としては 「真偽」の二つしかありません。
数学は論理的に言えること、確率的に言えること、統計的に言えること、は実に美しく表現することができますが、それ以外のことは表現できません。人間なら簡単に理解できる「私はあなたが好きだ」と「私はカレーライスが好きだ」との本質的な意味の違いも数学で表現するには非常に難しいのです。

シンギュラリティは訪れない
AI はいくらそれが複雑になって現状より遥かに優れたディープラーニングによるソフトウェアが搭載されても、所詮コンピューターにすぎません。コンピューターは計算機ですからできることは計算だけです。計算するということは認識や事象を数式に置き換えるということです。つまり真の意味での AI が人間と同等の知能を得るには私たちの脳が意識、無意識を問わず認識していることを全て計算可能な数式に置き換えることができるということを意味します。しかし今のところ数学で数式に置き換えることができるのは論理、統計、確率の三つだけです。そして私たちの認識を全て論理、統計、確率で表現することはできないのです。

AIが得意な分野、不得意な分野があるのがわかりました。将来得意な分野はAIがどんどん人間にとって替わります。不得意な
コミュニケーション能力や理解力がいる仕事、介護、草むしりのような柔軟な判断や常識が必要な仕事はAIでは肩代わりできません。ですから1を聞いて10を知る能力、柔軟性、発想力などを備えていればAI恐るるに足らずということです。では私たちに読解力、常識ら柔軟性、発想力はあるのでしょうか?

読解力のない人が多い

日本人の読解力は危機的状況にあります。その多くは中学校の教科書を正確に読み取ることができていないのです。そこで実態を調査するために著者はRST(リーディングスキルテスト)を開発し、実施した結果、偏差値の高い高校に進学できる人は基礎的読解力が高い結果が出ましたが、読解力だけでは偏差値の高い高校には入学できないので、正しい解釈は基礎読解力が低いと偏差値の高い高校には入学できないという結果がでました。東大に入れるのは高校の教育方針のせいではなく、高校入学段階でその生徒に東大に入れる読解力が身についているからなのです。

ではどうすれば読解力が身につくか?読書習慣は能力値と相関関係はありませんでした。学習習慣、得意科目、スマートフォンの使用頻度、新聞の購読、性別などいずれも相関関係はありませんでした。結果、読解力が身につく方法は発見できませんでした。

埼玉県戸田市では2016年以降、小学6年生から中学3年生まで全員がRSTを受検していて、先生たちも受検しています。先生たちの感想は「大変難しく、普段いかにきちんと読んでいないか痛感しました」という感想が多く聞かれました。いかに国語が大事かが自覚できました。その結果埼玉県学力学習状況調査で戸田市は埼玉県全体で中学校は1位、小学校は2位の成績を出しました。数学者や著者は学校教育に何が必要かは第一に国語、読解力と主張しています。また貧困は読解能力にマイナスの影響を与えることが分かりました。

著者は最近の塾はドリルをデジタル化して項目反応理論を用いて個別のレベルに合ったドリルをAIが提供していますが、これでいい点数を取っても読解力が身につかないまま中学校3年になると成績が下がりだすのです。読解力が身についていないとそこで伸び悩むのです。フレームが決まっているドリルのようなテストはAIが最も得意とする作業なのでそのような能力は人間より速くて正確なので将来AIに取って替わる能力なのです。AIができない「意味を理解する能力」を身に付けなければならないのです。

近年、大学、高校でもアクティブラーニング(自分でテーマを決めて学習したり、グループで議論したりする)が重要性が強調されていますが、教科書に載っている文章が理解できないのにどうして自ら調べて考えを論理的に説明したり、相手の意見を理解して推論したりできるのでしょうか?アクティブラーニングは絵に書いた餅なのです。このような教育方針を導入した文部科学省、中央教育審議会を著者は批判します。現場の先生たちはこの危機感を最も敏感に感じています。

AI と共存する社会で多くの人々が AI にはできない仕事に従事できるような能力を身につけるための教育の喫緊の最重要課題は中学校を卒業するまでに中学校の教科書を読めるようにすることなのです。著者曰く読解力を身につける方法は発見できていないのですが、もしかすると本を多読ではなく精読、深読することかもしれないと予測しています。

これまでの大学入試は詰め込み型で、やれと言われれば一生懸命に取り組む従順性や割り切って盲目的に努力できる人材を企業が求めたため、大学制度や入試制度が設計され、大学入試機能を利用して出身大学を就職希望者のスクリーニングに使われてきました。企業も大学に教育など期待していませんでした。ところが欲しい人材が時代と共に変わってきて、コミュニケーション能力、グローバル人材、クリエイティブ能力などが必要だと気づきだしたのです。

アマゾンは「メカニカルタルク」という人間の知能とコンピュータプログラムを組み合わせてコンピュータだけでは不可能な仕事を処理するウェブサービスを開始しています。この賃金の低い単純労働は日本ではできないため、賃金の安い国に移動してしまい結果ホワイトカラーの仕事の大半は職を失うのです。求められるのは高度で知的な労働だけなのです。

ホワイトカラーが分断されるだけでなく企業も淘汰されていきます。商品を購入する時、ネットで最安値を探します。今はまだ検索して最安値を見つけることができた消費者だけが恩恵をうけることができましたが、AIによって最安値の商品をだれもが見つけることができれば最安値の商品しか売れなくなり企業はコスト削減に究極に迫られ企業利潤が下がることにより淘汰されていくのです。

これからのAI時代で生き残るには、AIができない個別のニーズに合ったサービス、小さくても需要が供給を上回るビジネスをみつけることです。人間にしかできないことを考え実行に移していくことが生き残る唯一の道です。

まとめ

本書は私たちが思っていたAIの間違ったイメージを正してくれて、シンギュラリティは起こり得ないことを説明して、AIが得意なものと不得意なものを通して今までの学校教育ではAIに取って替わる人材しか輩出できないことに警鐘をならし、教育の問題点から経済の動向までを鋭く指摘した読み応えのある内容です。これからの世代は将来に備えて一刻も早く読むべき本です。

著者 新井紀子 国立情報学研究所教授 

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