広告

未来への大分岐 マルクスガブリエル マイケルハート ポールメイソン 要約

この記事は約9分で読めます。

はじめに

利潤率低下=資本主義の終わりという危機は、資本の抵抗によって人々の貧困化と民主主義の機能不全を引き起こしたが、そこに制御の困難な AI の発達と深刻な気候変動、債務危機、極右ポピュリズムが重なった。我々が何を選択するかで人類の未来が決定的な違いを迎える「大分岐」の時代。大袈裟だと言う人も少なくない。だか対処が遅れたり、誤れば取り返しのつかない事態となる。危機とはそのような重大な分岐点を指す。マルクスガブリエルら世界最高峰の知性達が日本の若き俊才と共に新たな展望、未来をつくる方法を語っています。

第一部 マイケル・ハート 

資本主義の危機
リーマンショックを端緒にした世界的な経済危機から10年以上経っても世界経済は長期停滞から抜け出せていない。資本主義が行き詰まっていることは間違いない。それに並行して先進国の中間層が没落して格差が大きくなった。

そして、トマピケティ、ジョセフスティグリッツ、ロバートライシュが新自由主義を批判した。

ならどうすればいいか。

グローバル企業や富裕層への課税率を上げる。暴走しがちな金融市場に対して厳しい規制を課す。緊縮財政もやめにして大規模公共投資を行い、労働者階級への再分配を増やして新たな有効需要を創出すれば万事うまくいくと主張。

しかしマイケルハートは、これではダメだと言う。
2008年から経済危機が始まったのでなく、新自由主義が登場する前から資本主義は危機にあったのです。新自由主義は危機を先延ばしにする「時間稼ぎ」のために資本の側がとった方策なのです。

新自由主義を批判する人が主張する代案はケインズ主義、社会民主主義的な政策を再び採用し、新自由主義以前の福祉国家に回帰することです。

しかし今の時期になって昔のような状態に戻ることは人々には受け入れられなくなっているのです。

民主主義的で平等な社会的共同性の構築を国家でも市場でもないところでもう一度、リベラルでなくラディカルに構想する必要がある。

この時代こそ自由、平等、連帯を考えることが大事です。

新自由主義は自由に自分の能力を発揮できる社会を目指すという目的が、実際は自分の仕事がほとんど役に立っていないことになってしまって、低賃金の労働になってしまった。新自由主義の恩恵を受けたのは投資銀行家や広告業やコンサルタントのような仕事だけど、これらは実際なくても構わない非生産的な仕事です。だから自由たちの才能や能力を発揮するために資本主義を超える社会を全く新しい形で作りださなければならないです。

民主主義の危機が「選挙でも政治は変わらない」と言う思いが有権者が持っている。勿論その通りです。もう一つの危機は長い伝統を持つ既存政党が非効率的な選択肢としてみなされ、右派ポピュリスト(大衆に迎合して人気をあおる政治姿勢)たちが台頭している。相手の党を邪魔し封じ込め合うことばかりしている。

なぜ大富豪であるトランプや世襲政治家の安倍が人々の抱える将来の不安を理解できるはずもないのにそれでも有権者の心を掴んでいるのか?その状況を正しく読み解くには社会的、経済的な利害関係を見れば分かります。これらの政治主導体制が国難レベルの危機に直面した時に強権的な独裁体制に変貌してしまう危険性があると私たちは認識する必要がある。

この数年の欧米で力を発揮している政治的リーダーたちの背後には新しい社会運動が存在していてリーダーと運動の相互的な学び合いが社会を変える力になってきている。運動が新しいタイプの政治家を生むのです。

何故日本で社会変革が起きないかは、社会運動による社会変革の経験があまりないからです。このことは日本の労働組合の仕組みと深く関わっている。産業別組合がなく、企業別組合があるだけです。結果として企業ごとに分断されて労働者は年功序列と終身雇用によって自分の働く企業に依存的にならざるをえなく、その結果日本の労働者が所属する企業の業績を上げて賃金を上昇させることで生活改善をするという企業のロジックに根付いた社会統合が戦後に形成されていきました。国家も自民党の五五年体制の下で大資本のための支援を積極的に行い、直接の現物給付ではなく経済成長を通じた間接的な国民の生活向上を実現しようとしたのです。そのため生活の安定や向上は闘争ではなく何よりも国家と企業の協力の上に成り立つ経済成長にかかっているという考え方が根強いのです。

現在、新しい社会運動は全く起こってないです。政治でしか世界を変えられないと言う発想しかできない。

平和運動、反原発運動など起こっていますが、孤立化しています。2015年にはSEALDsという抗議運動があり山本太郎を国会議員にすることに成功しました。が、しりすぼみになりました。

最も成功した運動は2008年リーマンショック直後の派遣切りを発端に年越し派遣村を厚労省のすぐ隣で開いて貧困問題を可視化して自民党から民主党に政権が変わりました。

しかし民主党は頼りなく、2012年に自民党が与党に復帰しました。

日本社会は新しいリーダーを探しています。

選挙政治にばかり重点を置かず、政治は社会的生産(社会や経済という基盤)が民主主義にとって重要です。

そこでコモンという概念が鍵となりコモンとは富のことです。社会的な富の管理を民主的なやり方で決定する。その方法を編み出していかなくてはなりません。

社会運動をコモンという観点から見ると次に問題になるのは環境です。政府や企業による対策は効果のないものばかりなので国家でなく私達が地球環境について考える仕組みが必要です。マルクスは問題を次のように指摘しています。

資本は地球をコモンとして扱うことができない。なぜなら資本は短期的な利潤でしか自然を扱うことができないからです。未来の世代のことはおかまいなしに資源を毟り取っていくのです。発展=商品生産による成長という考えを変えて発展を別の形で考えるべきです。例えば教育、介護、エコロジー産業などを成長させる必要があります。

資本主義の最先端の労働は非物質的労働による非物質的生産です。ごくわずかな割合だけが物質的であります。例としてアルゴリズム、知識や情報が富になって労働がAIに置き換えられていき、それが資本主義のジレンマに陥って、そこからマルチチュード(多数性、群衆性)という概念にたどり着いた。社会変革の主体を多様なものとして捉え直す。

地球をコモンとして考え、そこから資本主義の次を考えるというラディカルな想像力で未来を切り開くプロジェクトをすすめるべきです。資本主義社会と絶縁する必要はありません。

ベーシックインカムはラディカルな可能性を秘めています。まず収入と仕事をきりはなすことができ、劣悪な労働環境で働くことはなくなり不平等がちいさくなります。最近では主流派の経済学者も提案しています。

しかし貨幣こそが資本主義の根幹的な問題な為に真の選択は、生活に必要なサービスや現物給付による脱商品化がベターで、ベーシックインカムだけでなく人々のための量的緩和とその先に理想の社会があるかもしれません。

第二部 マルクス・ガブリエル

哲学は自然科学に比べて役に立たない学問と思われますが、哲学は本来役に立つのです。それは私たちの社会が概念の問題を抱えているからです。その問題を哲学は問い直し、より良い概念を提案することで哲学は社会を変えるために不可欠なのです。

相対主義的戦略を駆使しているのがプーチン、金正恩、習近平です。注意すべきは現実に存在する他者性を誤解すると、誤解したまま呼び込んでしまい、間違った事実に態度を合わせたせいで道徳的に歪んだ態度を生み出してしまうのです。

自明の事実なのに向き合うことをしないと相対主義が頭を出してきます。そして相対主義は懐疑主義であり、相対主義に陥らないようにするにはエビデンスに価値を置くことです。事実に基づかないやりとりが溢れているので、例えば現状のインターネット空間は目指すべき形からかけ離れているので根本的な規制が必要です。そういう規制に対して言論の自由を主張する人がいますが自由というものも考え直す必要があります。相対主義者は自分が見たいものだけを見ています。

そして相対主義者は究極的には他者を人間ではない存在として考えるようになります。よってポストモダンの相対主義は常に「人間の終焉」という幻想に向かう。近年発展するAIのテクノロジーが非人間化を推進する助けになっている。すると相手に対して差別や暴力を簡単にとることができてしまう。そして嘘が蔓延して全体主義の運動が台頭してきます。

蔓延する相対主義に反対し、事実そのものを擁護すべきだという主張がマルクス・ガブリエルの「新実在論」です。実在論とは事実を否定しないという立場です。新実在論ではポストモダニズムを問題視しています。その特徴が社会構築主義で社会構築主義は人々から現実を見る力と問題に対応する力を削いでしまいます。この種のポストモダニズムはトランプを助けてしまっています。

熟議型民主主義を推進して、日本の教育に哲学を取り入れて哲学的思考をすることは喫緊の課題です。倫理的な判断をすることができるようになるのも哲学の思考が基になります。この提案は自明のことであり実行可能です。哲学教育をやらなければ環境問題やサイバー独裁が民主主義に取って代わります。そしてAIが決定したことに従うようになります。しかしAIは倫理をもっていないので上手く物事を決定することはできません。意識を持たないAIが人間の代わりを果たすようになると非常に危険です。アルゴリズムに人間が服従させられている状態です。この状態からの抵抗する方法は啓蒙主義を最大化することです。つまり他者の指図に頼らず自分の知性を使うことを徹底することです。人間という概念をしっかり持たないと私たちは強制収容所行きです。なので新実在論は啓蒙であり、かつ存在論に基づいた現代哲学です。

現在のところ民主主義の抱える問題について解決策を持っている人はいません。なら解決のために何が必要かを問い、議論しなければならないのです。

第三部 ポール・メイソン

現代社会の危機を乗り越えるには脱資本主義、つまりポストキャピタリズムの社会を作ることです。2008年の経済危機によって新自由主義の正統性が疑われるようになって産業資本主義の行き詰まりになりました。物に関して言えば3Dプリンターによってあらゆるものが瞬時に生産されてコストがどんどん下がり、他の企業も追随せざるをえなくなり物やサービスが無料に近づいて潤沢な社会になりあらゆるところで利潤が無くなれば資本主義はこれ以上資本を増やすことが出来なくなり、資本主義の終焉を迎える。ポストキャピタリズム社会の到来です。

情報技術の発展により利潤の源泉が枯渇し、仕事と賃金が切り離され、生産物と所有の結びつきが解消され、生産過程もより民主的なものになっていく。その結果人々は強制的、義務的な仕事から解放され、潤沢な社会になります。

これらに抵抗する資本の動きは、大規模な市場の独占で独占すれば価格を大きく押し上げることができる。それとオートメーション化に対する抵抗、プラットフォームを作ってしまって独占する。少数の特権階級が富だけでなく情報も独占するデジタル封建主義が生まれつつあるかもしれない。

AIが発展し、シンギュラリティに近づくにつれて心配なことは「人間とは何であるか」という問いが徐々に侵食されて損なわれていくことです。AIをコントロールする権利が我々にはあることを明確にしてくれるヒューマニズムが不可欠です。

まとめ

本書は今の資本主義のジレンマからどう進むべきかを3人の知識人が独自の理論で語っているが共通するのは自由、平等、連帯、民主主義ということに価値を置くことです。あまりにもこれらのことをないがしろにして発展してきたので資本主義が行き詰まっているのです。いま一度「人間とは」というヒューマニズムを再考する時がきていることが気づくことができます。印象に残るのはマルクスガブリエルが本書のために普段よりわかりやすく語ってくれているところです。3人の知識人の話を引き出す斎藤幸平氏のリードが大変素晴らしいです。改めて今が「大転換点」であることに気づかせてくれる良い本です。

著者 マルクスガブリエル、マイケルハート、ポールメイソン、斎藤幸平

広告
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。
タイトルとURLをコピーしました