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哲学の創造 21世紀の新しい人間観を求めて 梅原猛 福井謙一 要約

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はじめに

本書は哲学者である梅原猛氏が「知の蔵」と称されるノーベル賞学者である福井謙一氏の内面を開けてみたいという好奇心から対談が実現した。新しい人間観を語り尽くしています。

第一章 科学への道と歴史への道

福井氏は化学より国語や歴史が好きでした。しかし中学生の時に読んだファーブル昆虫記がきっかけで高校は理系に進みました。そして応用化学の分野に進んだ。そして何故か量子力学も勉強し、それが後々、仕事の中核になりました。炭化水素を研究していましたが、行き詰まっていた時にたまたま研究室が火災になって、それがきっかけで有機化学の先生と話すうちにアイデアが浮かび、1952年の論文に繋がりました。

湯川秀樹も中間子理論を考えていた時、前提や古い学説に囚われて理論の正体がわからなかったが、室戸台風の樹木が飛ばされるのを見て理論のエッセンスを発見した。

このように、物事の飛躍は論理的でない偶然性が作用することがある。

福井氏は1922年にアインシュタインが日本にきた時に直接、一般相対論の成立の経緯を聞きました。

一方、梅原氏は逆で、数学が好きで国語が苦手。しかし川端康成の小説がきっかけで文科に進んだ。芥川、谷崎を乱読しました。京大出身である氏は京大精神の「原典にあたれ」を学んだこともあってカント、ヘーゲル、ニーチェ、ハイデッカー、デカルト、パスカル、プラトンなど原典で読みました。しかし京大での哲学の考え方に反対しているうちに自分の考えが変わり、哲学から日本文化の研究や歴史の研究に進みました。

第二章 直観と創造性を育てるために

新しい理論が生まれる過程は、度々、修正が繰り返されることは避けられません。むしろ独創の実証です。まず、直観から論理が構築され、試行錯誤のなかで正しい結論が出てくるのです。

直観と試行錯誤があればあるほど創造性が高いです。しかさ、発想を得た後は論理で検証し、論理で理論を組み立てていかなくてはならないので論理も大事なので創造には直観と論理は必要なのです。

創造において、全く異質に見えるものでも必要である。

正岡子規も数学が得意で歌の世界でも論理的思考ができた人であった。

直観と理論のように全く正反対の能力を一人の人間の内部に持たないと創造は不可能である。

日本の教育が創造性を育てることが難しいのは大勢の生徒を相手にして学校の教室でできるものではないからです。そして「創造」というのは人が客観的に評価できない。

第三章 自然の神秘と生命の不思議

福井氏は自然科学の一番の魅力は「自然の秘密を探る」ということ。自然には分からないことだらけなのです。

自然界には百種類しか元素がなく、生物は数種類程度だけでできていてそれがうまく働いていて特殊性があり神秘的である。

生命現象の根源は高分子の中に情報が刻み込まれているのが伝わる生命原理に至る。生命原理は地球上で特殊な現象の総括であり、その特殊性を普遍化していく研究がなされなければならない。

生物は一つの物質の形なので壊れてはなれていくけど炭素原子、水素、窒素、酸素などの結合は壊れるけどまた、別の生命の中に組み込まれたりする可能性がある。結局は生滅流転の姿があるだけです。

第四章 新しい哲学と科学の創造

科学、技術に欲望が結びついたら環境破壊が起こった。「どうしたらいいか」というのも大事だが、どうしたら環境適応性を伸ばすことができるか、育てることができるかに注目すべきです。

これまでは物理学、化学、生物学というふうに学問領域が別れていましたが、20世紀後半から境界が薄くなってきて「総合化」の傾向が表れてきた。自然科学の中にも総合化の方向が生まれていて、環境問題を解決するには片一方でしっかりした哲学が必要である。

人間の欲望が環境破壊を促進させるので、核兵器などは環境破壊の最たるもので、となると政治や経済の面からも考えなければならない。よって環境問題は社会学者、自然科学者、哲学者、政治家が協力して取り組まないと解決されません。人間と環境は摩擦を起こさないようにうまく共存していく姿勢が必要です。

まとめ

梅原氏、福井氏とも京大どうしの間柄で主に福井氏を梅原氏がインタビューするような形で進んでいき、自然、人間、生命の神秘を通して科学者と哲学者の融合が楽しめる内容です。

著者 梅原猛 1925年生まれ 京大文学部哲学科卒 福井謙一 1918年生まれ 京都帝国大学工学部工業化学科卒 1981年ノーベル科学賞受賞

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